vol. 13  「停電の恩恵」

マルセイユを出航したフランス郵船のラオス号に送られた電報

 少し前に高齢の母が私に託した古いアルバムの中に 細いテープ が貼りつけてあった。「BON VOYAGE LOVE =FRAMPTONS +」(安航を祈る 愛をこめてフラムトン)と書かれている。英国留学からの帰路、フランス船籍の船で帰国の途についたその船でホストファミリーから受け取った電報らしい。この短い電文にどれだけ励まされ、どれだけ後ろ髪を引かれる思いでヨーロッパの地を後にしたか、これを見るだけであの時の情景が思い浮かぶという。戦後、民間人に査証など発行されない時代に苦労して手に入れた英国留学を終え、帰りたくない気持ちとこれからの日本の新しい時代への予感に複雑な気持ちが交錯したらしい。海外旅行自由化前の昭和38年の話だ。

 今や電気の無い暮らしは成り立たない。スマホ決済は当たり前になり、ネットさえあればどこでも誰とでも繋がることができる。便利で結構な世の中だし、皆がその恩恵を享受しているのだから有難いことだと思う。ひと昔前、海外送金は大変な作業だったし、ふた昔前は、テレックスやファックスで連絡を取り合っていたことを思うと隔世の感がある。情報は瞬時に飛び交い、経験や体験したことが無くても思考や判断が出来ることは素晴らしい。

 かれこれ3カ月前になろうか。雨季には珍しく寒冷前線の通過で自宅周辺が大変なストームに見舞われた。ヤシの木は根こそぎ倒れ隣家の屋根を壊し、木製の電柱が折れて停電となった。辺り一帯は米海軍の管轄地なので、翌朝から軍服の兵隊さんが物凄い勢いで復旧にあたってくれ夕方には通電した。ところが、サージフィルターを付けていなかったWIFIルーターが壊れ、PCの外付けハードディスクが動かなくなった。多くはクラウドに保存していたので実害はなかったが、敢えて暫くオフグリッドのまま暮らしてみた。インスタもフェイスブックも見ないでいると近しい人たちのアップデートもお座成りになり、何人かから消息の照会があったが、母は何も言ってこなかった。

 久しぶりに連絡してみると、「便りが無いのは元気な証拠」と息災であるに違い無いと思っていたと云う。早速、ネットを使ってイングリッシュラベンダーを誕生日祝いに送ったら「THANK YOU =MOM」と短いメッセージが返ってきた。彼女は今も現役の通訳として活躍している。

大変=愉しみ

saiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップである帆船ナイデル。外装のレストアがずいぶんと進行しました。実物を見た人たちから「あのボロボロだった船がこんなになるんだ」など、嬉しいのか悲しいのか分からないコメントをいただくことが多い今日この頃。
確かにこの半年、塗料や木粉まみれになり、夢中でレストア作業に取り組んできたので、見れば分かる成果はやりがいにつながってきました。同時に昔の手仕事のすばらしさには学ぶことが多く、それを再現する「丁寧な作業」を心がけてきました。

言い換えれば、何十年経っても再度「丁寧な作業」を施せば品質が維持できる素材が使われているのです。以前にも書きましたが西暦2000年くらいを境に、新素材と呼ばれる素材が多種多様な分野に投入され、一見、天然素材に見えるフェイク材が世の中に増えました。そして環境性能の名のもと、軽量化が進められ、サーフェスデザインが一般的になり、木材のような「 メンテが必要な面倒な素材」はその使用割合が大きく低下したのです。

この船は写真のように、外装のかなりの割合を木材が占めており、印象は「ウッディー」。
なので人に「ウッディーな船はメンテが大変でしょう?」と聞かれることが多いのですが、返答は「はい。大変です。」
ですがどうでしょう。例えばキャンプ。簡易とは言え、その日に寝るための空間を組み立て、火をおこし、食事を作って仲間と談笑しながらいただく。最高な時間の過ごし方ですよね。スマート〇〇が蔓延る一見便利な世の中で、敢えて不自由を楽しみに、そして人間性を取り戻しにいく行為。そう。大変が面白いのです。
僕にとってのヨットライフは、決してセーリングすることだけではありません。セーリング中も実際に風を受けて帆走(はし)らなければ分からない異音や不具合を探し、修繕しながら帆走っています。寄港地でもできるメンテをし、母港に帰れば不具合を解消したり、改善したり、のんびりと作業を楽しみながら船の上の時間を過ごします。

外装作業が一段落すると、次は電装、内装の作業に入っていきます。先日も古い機器を外し、そこにつながるケーブル類を、天井を、床をはがしながら整理してきました。航海計器を一新するので、古い機器はいくつもあり、これらをひとつひとつ配線、結線をしていきいます。この作業は絡んだ糸を解く作業によく似ていて、正直「大変」です。ですが、ひとつずつ整理をしながら、新しい配線ができ上っていく様子は楽しいものです。冒頭に書いたように、ナイデルはsaiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップです。機器のほとんどを電化する予定ですが、電気の発電量と蓄電量、消費量を計算し、優先順位を決め、計画を進めていき、最終的にはエンジンさえもモーターに電化してしまいたいと企んでいます。
しかし、その前に最低限の電力でも楽しいヨットライフを送ることができる心と体が必要です。現代の生活と比べると不便で大変なことばかりですが、不便を楽しむ心意気があれば、意外とオフグリッド生活のハードルは低いものになるのかもしれません。

vol. 12  「モノには魂が宿る」

祖母の嫁入り道具のひとつだった 桔梗紋の入った小箱と琴爪

 ちょっと前、刀剣乱舞というゲームが流行り、その後ミュージカルやアニメ、最近では実写映画化もされた。日本刀の名刀を擬人化した刀剣男子が戦い、「特」へと進化し「極」へと成長させることができるらしい。固有の生存値が設定されていて、ゼロになると最期の言葉を残して消滅するという凝りようだ。刀に魂が宿るとした考え方は、道具は百年という年月を経ると魂を得て精霊化するとされ、粗末に扱うと成れの果ては妖怪となり人をたぶらかすとされた室町時代のお伽噺「つくもがみ(付喪神)」に由来する。転じて100年に一年足らない99年には長い年月という意味もあって「九十九神」とも書くらしい。

 我が家には漆塗りの古い箪笥が今も残っている。旧家出身の祖母の嫁入り道具だと聞かされている。道理で鍵穴を囲む家紋が我が家のものと違うわけだ。本来は帖紙(たとうし)に包まれた和着物を収納するものだが、物心ついた頃には既に他の用途に使われていた。今から30年近く前、実家が手狭になったことから私が譲り受け、その後、駐在を機に家財道具として欧州へ送った。珍しさもあって興味を持ったローカルの人に差し上げようとしたこともあったが、「これは只の古物では無い。ファミリーヒストリーが刻まれているのだから、あなたが大事に持っておくべきだ」と諭されて、結局、日本へ持ち帰った。その後も本来の価値を見出すことなく無用の長物と化していたところ、最近になって腕の良い箪笥職人と出会った。開きづらくなった抽斗、乾燥して割れた背板、取手金具の歪みなど、再生には凡そ新品が買えるほどの費用も嵩んだが、「思い」に勝るものは無いと自分に言い聞かせ、長い修理期間を経て我が家へ戻ってきた。

 それまで片隅に置かれた黒い塊は、リビングルームに鎮座することになり、その抽斗には振袖や留袖が納まった。下段には帯留めやかんざしなど小物類の他、足袋や草履までもがちょうど収納できる。主であった祖母も、その子供である父も他界し、今その入れ物は私の妻や娘を着飾る和装の居場所となった。96年前、一緒に嫁入りした琴爪の小箱も仕舞っておこう。これで九十九神にたぶらかされずに済みそうだ。

vol. 11 「虹と流れ星を観る暮らし」

おおざっぱなハワイの天気図

「今日は降水確率50%で晴れ時々曇り、所によってにわか雨。外出される方は、念のため折り畳み傘をお持ちください」と、お馴染みのフレーズだ。これほど細やかに、しかも行政区ごとに天気予報を出してくれる国は他に見たことがない。道端で隣人と会うと「今日はお日柄も良くて」とか、雨天に知人宅を訪ねると「わざわざお足元の悪い中を」とか天気に纏わる挨拶が多い。それだけ、日本人は天気の変化や季節の移ろいに敏感なのだ 。

 ここハワイでは、「今週は貿易風が吹くので暫く涼しい日々が続きます。オアフ島周辺には小型船舶アドバイザリーが出ています」とざっくりだ。一日の中で何度となく天気は変わるし、此処が晴れていても、島の反対側で雨が降るのが日常だから致し方無い。街で雨宿りしている人は見かけるが、傘を持ち歩く人を見たことが無い。雨あがりには、かなりの確率で虹が出るので、ついつい空を見上げてしまう。

 今の住まいは平屋の旧兵舎なので、風通しがいいと言えば聞こえは良いが、雨風を凌げること以外、内も外も大して変わらない。野生化したニワトリは軒下で卵を温めているし、弱々しい蚊は線香を焚けば追い払える。ヤモリが同居しているので害虫は少ない。床はモップで、食卓は布巾で、棚は雑巾を使い、掃除機は持っていない。さすがに長時間の停電や断水は困るが、焦らず少しの時間を凌げば良いと思うようになった。明かりは充電式のランタンがあるし、携帯で情報は得られるし音楽だって聴ける。長期保存可能な水は普段から積み上げてあるので問題無い。

 先週、コミュニティ一帯が一晩、停電した。月夜では無かったが外の方が明るいのでグラスにラムを注ぎ、ラナイに出てみた。なんとなく空を見上げたら流れ星に出くわし、ちょっと得した気分になった。少年の頃、プラネタリウムが好きだったせいか意外と星座を覚えている。東京で暮らしていた頃、星空を肴に一杯やるなんて思いもよらなかった。オフグリッドへの一歩は、身近な不便を楽しむことからかも知れない。

ムダのススメ

身内ネタだが「Takaの四方海話」が好きだ。短い文章というか、少ない文字数で想いや風景を伝えている。僕のは逆で、起承転結の長文なので自分で書いていて飽きるのだ。こういうムダや非効率は世の中にゴロゴロしていて、それがなくなったらスッとするのか、それとも殺伐とするのか。決してTakaのように文章のうまい人ばかりではないので、ムダも利用すれば新しい価値の創造につながるかもしれない。

最近はヨットのレストアや屋外の木製ソファのメンテなどで、天然木材に触れる機会が多い。木材を使うと、端材というムダがでるが、今日はこの端材を利用したので紹介してみたい。

昔からある錘と滑車を使った半自動扉だ。
ここ沖縄は虫が多いことや、新入り犬の脱走防止のために、網戸にこの機能をつけることにした。
部品は至ってシンプルで、わずか250gのハードウッドの端材とホームセンターで購入できる小さな滑車とこれらをつなぐロープだけ。

ここで重要なのが、錘の重さの調節だ。網戸を引く力の分だけの重さがあれば良い。重すぎると、強く引いた時のようなバーンに閉まる。軽すぎるともちろん閉まらない。
スムーズに閉まる適切な重量を試した結果、250gに決定。

これを無機の材料でつくっても無粋なので、単位重量の大きなハードウッドの端材から切り出した。木材なので、自由な大きさに切断し、必要な箇所に孔をあけることができる。
何より自然素材の感じがいいし、風で揺らいでも付近の柱や網戸を痛めにくい。

沖縄も夏が終わり、自然の風が心地よい季節になった。次の夏まで、エアコンとはおさらばだ。

現場では端材はムダだが、世の中にあるたくさんの端材の利用価値は無限大だ。
リサイクルの一歩手前にあるリデュース。実はエコバックがビニール袋よりも環境負荷が大きいと分析されるようになってきた昨今、ムダに見える目の前のモノに、ひとつ工夫を加えることで、新しく何かを購入しCO2を発生させなくても、あらたな生命を吹き込むことができるかも。

vol. 10 「ブックエンドと万年筆と」

1940年代から手入れされた戦艦ミズーリのチークデッキ

 学生時代は片岡義男を文庫本で読んでいた。社会人になってからは宮本輝を単行本で読んでいた。読了後も何度となく手に取ると、その度に新たな気付きがあるので、いつまでたっても本棚の定位置に鎮座している。通学や通勤の帰路、本屋に立ち寄って立ち読みしていた時や図書館の古書の匂いも懐かしい。本というのは個人に帰属していて、あまり受け継がれたという話は聞かない。親父は相当な読書家だったが、僕はその蔵書に興味が無かった。全集や初版絶版ものなど、コレクター垂涎のものもあったらしいが、古書屋にお願いして引き取ってもらったことを覚えている。空になった本棚に残っていたブックエンドだけは、今も僕の書棚でその役目を果たしている。金属を型抜きしただけの簡素な造りだが、数々の名著を立てておくには欠かせない。これはまるで多くの出来事に区切りをつけるように、その役割を果たしている。

 海外で仕事をするようになって多くの場面で契約書に署名をしてきた。中には事業譲渡や示談書への署名などその時々の立場で重要な書面にも接してきた。いつも同じ万年筆を使い、ブルーブラックとダークブラウンのインクを交互に補給してきた。こうすることで、インクの混じり具合が微妙に変わり、偽造防止にも一役買うと聞いたからだ。契約書というもの、ただの紙切れだがその絶大な効力を持つ。なんだかブックエンドの機能に通じるものがある

 77年前、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリで、日本は連合軍に対して降伏文書を署名した。マッカーサー元帥が署名に使った万年筆が今も残る。ミズーリはその後、湾岸戦争まで就役し92年に退役、今は真珠湾に浮かぶ。その艦上からは、零式戦闘機が撃沈した戦艦アリゾナが今も海面下に沈んでいるのが見える。アメリカにとって、アリゾナの撃沈とミズーリでの署名式。この二隻を「第二次世界大戦のブックエンド」と称する。そして調印式のあった艦上は今も往時オリジナルのチークデッキに覆われている 。

オフグリッドとSDGs

僕のオフグリッドの原点は「ヨット」だ。ヨットは生活空間そのままに風という自然の力を動力として移動ができる。出入港やエマージェンシー対応として最低限の船内機を備えているが、メインエンジンはセール(帆)で、スピードは期待できないものの、燃料を補給することなくどこまでも移動できるのがこの乗り物の最大の魅力である。最近では堀江謙一さん(83)が単独無寄港で サンフランシスコから兵庫県の西宮まで太平洋の横断に成功した。しかも、わずか全長19フィート(約5・8メートル)の小型ヨットで、69日間のシングルハンド(乗員1名)でだ。この期間中の食糧や飲料を小さな船に積み込み、生活をしながら移動する。もちろん平穏な海況ばかりではないので、荒天に対応する装備や安全装備も欠かせない。陸上生活からオフグリッドし、海上生活に必要最低限のモノを選択し装備する。ヨットとはそういう乗り物で、広大な海に大自然を満喫しに行くと同時に、不便を愉しむための空間なのだ。すると、いかに陸上の生活は愉しみを移譲しているのかが判る。移譲しているのが人であれば、愉しみを共有できて良いのだが、電力や燃料を使い、体や経験を使うことを最低限に抑える機器や機械など、無機質なモノたちに移譲しているのだから世話はない。個の便利を追求した代償が、他人や機械のせいにする世知辛い世の中を生んだのかもしれない。

一方、モノづくりにも同様のことが言え、僕の感覚では2000年くらいを境に、それまであたりまえに使われてきた素材が新素材に置き換わってきたという印象を持っている。スチールやアルミニウムという金属は、樹脂に、天然木材は木柄シートを貼ったベニヤ板や樹脂板に、などなど。素材の軽量化による複合体の性能の向上が目的で、車の燃費などが最も分かりやすい成果だ。しかし、それら新素材の原料を輸入する際に発生するCO2や、製造する際に消費するエネルギーなど、それまで地産地消に近かった原料や素材が、世界各国から取り寄せられ、莫大なエネルギー消費の末、世界中のどこにでもあるような個性を失った製品として帰着する。世界中で同じようなモノをつくる必要はないではないか、地球環境をもっと深刻に考え、国や地域によってしっかりとした役割分担を行い、人々はそこを自由に選択し、移動できる世の中が来るといい。その土地に生まれ、愛し、土着する人、可能性や夢を掲げ離れる人、たくさんの人が入り交じり新たな価値観や文化を醸造する。船上で、そんな地球になればいいなどと考えたりする。

このヨットは1988年7月に台湾で製造されたもので、34年も前の古いヨットなので、安価で手に入れることができた。内外装に木材がふんだんに使われており、特に外装の木材は、傷みやすい木口を露出させない匠の技を随所に見ることができる。加え、紫外線の強い環境に置かれるため、削られることを前提に、必要以上に厚い木材が配されている。マメなオーナーは美観やノンスリップの機能を保つため、2~3年に一度は表面を削り、保護塗料を塗り治すのだ。先ほどの軽量化とは相反するモノづくりで、敢えて厚く(重い)ものを採用することで、いかに長い間愛してもらえるかという当時のモノづくりの価値観がうかがえる。現在ではFRPの外板に滑り止め加工を施したデッキが一般的で、メンテナンスフリーが購入の決め手になっているようだ。このような時世において、手が掛かり、見た目も均質でない天然木材は敬遠されるのだろう。このヨットのレストアを通じ、学び、考え、思うことがたくさんある。最新技術の詰まった箱の中で動く最新情報に右往左往するのではなく、古きよきモノに触れ、温故知新、時代が移り変わっても愛され続けるモノは何なのか。ヨットを通じてオフグリッドという発想に辿り着いたが、SDGsという継続性をも思考することになった。このヨットの船名は「Nydell」。その昔、ベーリング海へ半年ほど航海した時、船員さんが嵐以外の日は「今日は凪いでる」と言っていた。海も心も凪いでいる状態がいい。「Nydell」はsaiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップだ。
Nydellも自らもレストアを続け、新たな思考を発見していこう。

vol. 9 「ハワイには靴職人が必要」

Joeの店のGeroge
“Bobbie”ことRobert De Niroの写真が飾られている

 語呂合わせのようだがジョーの店のジョージに世話になった。いい腕の靴職人でその道50年らしい。ハワイで暮らすと滅多に履く機会が減ってしまい、持ってきた革靴も出番が無い。それでも、ちょっと洒落たレストランへ出かける時は素足にローファーくらい履いていきたい。大人になったと感じたことに足の大きさが変わらなくなったと思う人も多い。どういうわけか体形が変わっても足のシェープはあまり変わらないものだ。

 ヨーロッパに居た頃、あの堅実で剛健なドイツ人が「靴はミラノ製が限る」と言っていた。「イタリア製」と一括りにしないところに意味があって、北イタリアは日本人の持つラテンのチャラチャラしたイメージに反して、真面目で勤勉、代々繋がる職人が多く、ブランドを冠した靴もそうした職人達に支えられている。良いなめし革は適度な蒸気を含むと足に馴染み、やがてそれは量産される多くと違い、靴が足に合ってくる。決して足が靴に合うのでは無い。お気に入りのローファーは靴底が薄く、その費用だけで新品が買えるくらい貼り替えてきた。「もう無理かな」と持ち込むと、「これはいい靴だ、まだ履ける」とジョージに諭され修理した。それにしても20年も履くことになろうとは思いもしなかった。

 20年前といえばちょうどユーロが導入された頃で「ミレニアム」に沸いていた。そして2015年までの国際的な開発目標MDGsが発表され、全ての国連加盟国が合意した。その後の最終評価によると、貧困や教育は改善したが国や地域、性別や年齢の格差が浮き彫りとなり、新たに設定された2030年までのSDGsは、「誰ひとり取り残さない」が基本理念となった。ここハワイでは六つの地域目標を掲げ、アロハプラスチャレンジという。クリーンエネルギーへの転換や地元産食料供給拡大、自然資源の管理、廃棄物の削減、それにスマートコミュニティの形成、グリーンジョブと環境教育と続く。島国だけに限られた資源をより有効に大切に使うことを基本にしている。最近は観光でさえ、海岸清掃や植樹、文化継承の野外体験ツアーが人気になりつつある。

 発想を変えてハワイには土産物屋を並べるより、一見必要のなさそうな靴職人の店が必要なのかも知れない。ジョージの顧客であるボビーはハワイ滞在の間サンダルを履き、持ってきた革靴を修理に出すらしい。そして仕上がった革靴を履いて自身の経営するレストランで食事をしてニューヨークへ帰って行く。ゴッドファザーを演じたロバート・デ・ニーロ、その人だ。

太陽の力で地下水を汲みあげる

~ソラポンプ完成~

梅雨の合間の曇天の今日。オフグリッド設備のひとつとなる「ソラポンプ」が完成しました。かねてからこの古井戸の再生を計画し、昨年末に井戸を浚い(さらい)、電動ポンプを取り付け揚水のテストは終わっていました。今回は基礎杭を打設し、ソーラータワーを設置、ポンプを結線、完成しました。ソーラータワーは株式会社風憩セコロさんにご提供いただきました。

元々の構想は、オフグリッドサイトの「上水のオフグリッド」に記載している通りですが、今回は汲み上げた地下水をそのままシャワーで使えるように配管をしました。弊社の基礎杭と風憩セコロさんのソーラータワーをベースに、川本ポンプさんのソフトカワエース NF3-250S /100Vを動かし、ZEZHEさんのシャワーシステムを導入しました。

ソーラータワーはオフグリッドの象徴として井戸のすぐ脇に、ポンプは木柵の後ろに隠し、シャワーシステムは木柵の前面に取り付け、一目で井戸水を太陽光で汲み上げ、シャワーとして使えるという分かりやすいレイアウトとしました。ビーチから歩いて帰り、ここで地下水の冷たい水でシャワーを浴び、オリオンビールを楽しむ。という娯楽も太陽からの恩恵です。


以下は、ソラポンプの設置画像ですので、興味のある方はご覧ください。

ソーラータワーは風憩セコロさんのソライトFSL-MF3V-ACという製品を改造してオリジナルで作っていただきました。最大出力90Wのソーラーモジュールを頂部に搭載し、ポール(A6005CS-T5)、 バッテリーボックスは(A6063S-T5)と海沿いの設置環境を考えたアルミニウムの構造体です。
タワーを支える基礎は、自社製品の螺杭(D-16:φ76×1600)と専用アタッチメントを採用しました。

アタッチメントは杭とソーラータワーを連結する重要なパーツです。ソーラータワーにかかる風圧力を基礎杭に逃がす構造と、施工時に設置位置の微調整ができる機能を両立させなければなりません。今回は風憩セコロさんの□120mm×120mmの支柱をアタッチメントに被せるスリーブ式のベースアタッチメントを設計しました。下図の通り、丸パイプのスリーブと製品支柱とのクリアランスは片側0.7mmとかなりギリギリな納まりとしましたが、現場では拍子抜けするほどスムーズに挿入できました。

揚水ポンプは 川本ポンプさんのソフトカワエース NF3-250S /100V なので、インバーターは余裕を持って350Wを出力する電菱さんのSK350-112をビルトインしています。
バッテリーはさすが風憩セコロさんで、40Ahのリチウムイオン電池1台と38Ahの鉛電池2台のハイブリッド式で、出力に応じてバッテリーを切り替えてくれる仕組みのようです。
配線はとても分かりやすく、各配線の端部につけられたタグに従い結線していくだけなので、初めて同社の製品を扱う方にも安心をいただけると思います。
今回は他社の揚水ポンプをインバーターで動かしたいという弊社の希望を実現してくれたわけですが、安全対策としてソーラーパネル、バッテリーの各回路にブレーカーを装着してくれていましたので、安心して作業をすることができました。
もともとソーラー照明灯用のコントローラーを使用してくれているので、これに照明器具を追加することも可能です。いましばらくは「漆黒の闇」を楽しみたいので、このままにしておきますが。













このソラポンプの設置を通じて、ランドスケープ事業とオフグリッド事業は極めて近い立ち位置で存在しているものだと感じています。オフグリッドの世界では、この場所のように、動力源のない土地に施設を設置したいという需要はたくさんあると思うのです。今回は揚水ポンプを動かすという目的でしたが、照明灯はもとより、Wifi中継基地、監視カメラなどなど、電気機器の省電力化により、アイディア次第でたくさんの用途がうまれることでしょう。その新たな用途を支えるのが、屋外で高い耐久性が求められるランドスケープ事業のモノづくりです。暴風暴雨に耐え、内部の精密機器を水密構造で守る。これは機能としてあたりまえですが、さらに周囲の景観に溶け込むデザインとして設える(しつらえる)。ランドスケープとオフグリッドは、こんなに近い立ち位置なのです。
ソラポンプで汲み上げた水を今後、何に使っていくのか。乞うご期待願います。

vol. 8 「テレビからのオフグリッド」

暗い部屋でラジオのDJに耳を澄ます

 コロナで失われた2年。「当たり前」と思っていたものが崩れた。それまでの日常が奪われ、人々は孤立した。毎日、報道される感染者の数を耳にしては憂い、やっと終息の出口が見え始めたと思ったらウクライナ侵攻とは、きな臭い。国際情勢は株価や為替の変動に大きく影響し、原材料や燃料の高騰でコロナ後の世界は混沌としてきた。これらの情報の多くはインターネットを介してもたらされ、テレビがここぞと囃し立てる。折角、ハワイで暮らし始めてもこれでは何処にいても気が休まらない。

 職場である大学では事務方なので教鞭を取るわけでは無いし、もとより大学は非営利法人なので経済活動から距離がある。ならばと一念発起して、ネットを見る時間を制限し、テレビをやめ旧式のラジオを買った。ネットとテレビからの「オフグリッド」だ。これまで暇さえあれば携帯片手にどれだけ多くの情報に時間を費やしてきたのかと思うと恐ろしい。

 民間企業の場合、多くを将来投資をしているわけだから、少しでも前もって備えるに越したことは無い。為替や先物取引の変動が、いかにモノづくりに直結しているかは嫌というほど経験してきた。ところがである。大学が投資しているのは、将来を託す若者たちであり、学術分野によっては投資対効果がわかりにくい。もとより経済では計り知れない分野も多く、また、その多くは人間にとって大事な学問だといえよう。それは短い期間では為しえないことが多く、「志(こころざし)」を実現するためには、安定した経営基盤を確保してあげることが私の職務だ。

 儲かるか損するかの尺度ではなく、長い目で見た投資、しかもそれは何十倍にも何千倍にも膨らむ夢をはらんでいる。先月のアースデーでビーチで一緒になった人から、「私たちが地球にできることは何か?」と聞かれたが、答えに窮した。その人は、今の歳になって感じるのは、子供の頃に感じた「あの頃」の明るさが大事だという。朝、明るくなると家畜の世話をし、夕方、暗くなると夕食を囲んだあの頃はもっと暗かったが、将来の希望をもった心は明るかった。そう、照明はこんなに明るくなったけど、コロナにウクライナ、心の中は靄が立ち込め、今、心は暗い。まず、照明を消すことが、僕が地球にできることだと話してくれた。ビーチハウスに戻って、スタンドライトひとつでラジオを聴いて、明るい気持ちを取り戻そう。