vol. 13  「停電の恩恵」

マルセイユを出航したフランス郵船のラオス号に送られた電報

少し前に高齢の母が私に託した古いアルバムの中に 細いテープ が貼りつけてあった。「BON VOYAGE LOVE =FRAMPTONS +」(安航を祈る 愛をこめてフラムトン)と書かれている。英国留学からの帰路、フランス船籍の船で帰国の途についたその船でホストファミリーから受け取った電報らしい。この短い電文にどれだけ励まされ、どれだけ後ろ髪を引かれる思いでヨーロッパの地を後にしたか、これを見るだけであの時の情景が思い浮かぶという。戦後、民間人に査証など発行されない時代に苦労して手に入れた英国留学を終え、帰りたくない気持ちとこれからの日本の新しい時代への予感に複雑な気持ちが交錯したらしい。海外旅行自由化前の昭和38年の話だ。

今や電気の無い暮らしは成り立たない。スマホ決済は当たり前になり、ネットさえあればどこでも誰とでも繋がることができる。便利で結構な世の中だし、皆がその恩恵を享受しているのだから有難いことだと思う。ひと昔前、海外送金は大変な作業だったし、ふた昔前は、テレックスやファックスで連絡を取り合っていたことを思うと隔世の感がある。情報は瞬時に飛び交い、経験や体験したことが無くても思考や判断が出来ることは素晴らしい。

かれこれ3カ月前になろうか。雨季には珍しく寒冷前線の通過で自宅周辺が大変なストームに見舞われた。ヤシの木は根こそぎ倒れ隣家の屋根を壊し、木製の電柱が折れて停電となった。辺り一帯は米海軍の管轄地なので、翌朝から軍服の兵隊さんが物凄い勢いで復旧にあたってくれ夕方には通電した。ところが、サージフィルターを付けていなかったWIFIルーターが壊れ、PCの外付けハードディスクが動かなくなった。多くはクラウドに保存していたので実害はなかったが、敢えて暫くオフグリッドのまま暮らしてみた。インスタもフェイスブックも見ないでいると近しい人たちのアップデートもお座成りになり、何人かから消息の照会があったが、母は何も言ってこなかった。

久しぶりに連絡してみると、「便りが無いのは元気な証拠」と息災であるに違い無いと思っていたと云う。早速、ネットを使ってイングリッシュラベンダーを誕生日祝いに送ったら「THANK YOU =MOM」と短いメッセージが返ってきた。彼女は今も現役の通訳として活躍している。

投稿者: Taka

これまで百数十か国を訪れ、欧米7か国で20年暮らしてきた。メーカーに30数年勤め、縁あって今はハワイ在住。グローバルな生活から一転、ロコとして生きる。座右の銘は、Life is a journey, not a destination. (人生は旅、その過程を楽しもうじゃないか)