Nydell(ヨット)のオフグリッド計画

建築物のオフグリッド化を計画する前に、建築物よりも規模の小さなヨットで様々なトライと検証を行おうと思う。まずは発電方法について考えてみよう。

①エンジンによる発電
ある程度の大きさのヨットは動力としてエンジンを積んでいる。原則的に港内では帆走が禁止なので、港外へ出て帆を揚げるまではエンジンで機走するのだ。
また長い距離を帆走ったり、夜間に帆走ったりする際には、オートパイロット(自動操舵装置)やレーダーなど、消費電力の大きな機械を使用するため、エンジンとセイルを動力として航行する「機帆走」を選択する人が多い。
ヨットのエンジンのほとんどは、構造が単純なディーゼルエンジンなので、軽油が燃料となる。電気自動車への需要が高まる一方、ヨーロッパを中心に環境対策が施されたディーゼル車が台頭している。これはBDF(バイオディーゼル燃料)など、軽油の代替燃料として、使用済みのてんぷら油等の廃食用油を原料として、メタノールと化学反応させて製造するもので、捨てられる油を回収し、燃料として使用するため、循環型社会の実現に寄与する燃料だ。
Nydellのレストアの回にも書いたが、新たな省エネ製品を開発、製造することも大切だが、古いものを使い続けた方が排出CO2ベースでは エコと言えるケースも多い。そこでNydellではBDFなど新たな燃料も意識しながら、エンジンによる発電も効率的に使うことを前提としたい。

②自然エネルギーによる発電
ヨットは風を動力として帆走る乗り物なので、帆を揚げたセーリング状態はとてもエコなのだ。Nydellは長さ12m、幅3.34m、総トン数10tという大きさで、家に例えれば1LDK+Sといった間取りで、トイレもシャワーも付いているので、十分に生活ができる広さがある。この大型トラックのような大きさのモノが風の力で動き、全世界、好きな場所へ移動できるのだ。ということで、ヨットはそもそも自然エネルギーである風を動力源としているのだが、ここでは自然エネルギーを利用した発電について。
ここまでの話で、風を利用した発電いわゆる風力発電という手段が頭に浮かぶ。また水の上を動いているのだから、波や水流を利用した発電も可能だろう。これらはまだ試していないのだが、プレジャーボートのオプション製品としてまだ一般化していない現状を鑑みると、これらは風や波、水流といったエネルギーでモーターを動かし発電するため、海独特の「潮」により錆が発生したり、塩分が固着したりすることが原因で、普及が進まないものと想定している。そうなると最も普及している自然エネルギー発電は太陽光パネルということになる。ヨットの上は天気さえ良ければ、セイルの影以外は日照条件はバッチリだ。何せ、周りに高い建物や樹木などない大海原がフィールドなのだから。現在、Nydellには200Wの固定式パネル1枚と、折り畳み式の160Wパネルを2枚積んでいる。これらすべてで発電をした場合、最大520Wとなるが、条件やパネルの状態を考慮し、30%程度の発電能力とした場合、約180Wの能力を期待することができる。

次に蓄電だ。オフグリッドで最も大切なのは、まず使用する電力を最小限にとどめることだ。普段と同じような生活を望むのであれば、自然エネルギーのみでの暮らしは無理だろう。ヨットにはエンジンを始動するためのメインバッテリーと、照明、加圧ポンプ、無線・オーディオなどの電力を賄うサブバッテリーで構成される。エンジンにより発電された電力はメイン、サブの順位で充電されていく。Nydellではメイン、サブに4基のマリン用バッテリーを、さらにバウスラスター用に2基と計6基のバッテリーを搭載している。まだ、全体的に電気配線を見直していないので、これらは配線の整理にとどめ、後日、効率的で安全な回路に再構築することにした。

まずオフグリッドの第一歩として、太陽光パネルで発電した電力をどこに貯め、何に使うのかを整理する。ここ沖縄はとにかく気温が高く、熱中症対策のためにも何より優先すべきは冷蔵庫と判断した。飲み物はもちろんのこと、食材を保存できることでクルージングライフにも愉しみが増える。次に電子レンジ。短時間に加熱調理できるのが魅力で、何をつくるかにもよるが、ガスオーブンよりもはるかに省エネになることも多いようだ。Nydellでは、冷蔵庫、電子レンジを「贅沢家電」と分類し、これを自然エネルギーで発電した電力で賄うこととした。蓄電池にはEcoFlow社のDELTA MAXを導入。2,016Wh の大容量 で AC出力2000W (瞬間最大4200W) を発揮するポータブル蓄電池だ。先日、DELTA MAX に冷蔵庫をつないで消費電力をモニターした。

65W程度の電力なので、89%の蓄電量で19時間も稼働し続けられる。このDELTA MAX が優秀なのは、太陽光パネル、12V DC(シガーソケット)、ACの各種入力ソースから同時に充電ができることだ。例えば機帆走している時に、ソーラーパネルを接続している状態でもさらに 船内のシガーソケットを差し込めば、ダブル充電が可能なのだ。桟橋に着岸している時は、陸電(陸上から専用ポストに100Vが供給されている)からACが供給されており、常に充電ができるので、離岸する時は100%の蓄電状態で、それをクルージング中に消費していくことになるが、ソーラーパネルやエンジンからの供給量が消費量を上回れば蓄電量は減らない。なのでクルージング先のアンカリングポイントや漁港に入港しても、蓄電範囲内であれば電子レンジ等の贅沢家電を使用することも可能になるのだ。Nydellには3000Wのインバーターが付属していたが、
DELTA MAX を導入することで、インバーターは使用しなくて済む。これは系統に組まれたバッテリーに過剰な負荷を強いることもなくなり、いいことづくめなのだ。

そして、さらなる贅沢な試み。蓄電池と同じメーカーであるEcoFlow社製のポータブルエアコン「WAVE2」だ。吸気パイプは操舵室へ、排気パイプはエンジンルームへ、排水は船底ビルジへと、それぞれ配管し、 稼働すると吹出口から冷気が流れ出した。ただ、適用できる面積が10㎡程度のスペースということなので、船全体を冷やすまでは至らないが、酷暑の中で船内作業を行うには十分な能力かと思う。また1泊程度のクルージングであれば、係留先で寝苦しい思いをしなくて良いのは助かる。
EcoFlow社の製品は、 DELTA MAX と同様、iPhoneにダウロードした専用アプリでリモート操作ができるのが良い。表示を切り替えれば現在の消費電力を把握できるのも良い。

今回紹介したようにヨットの電気系統内にあるバッテリーとは別に、出力の高いポータブル電源を用意することで、仮に系統内のバッテリーがダメになっても、陸電ソケットに、ポータブル電源を接続することで、系統を復旧できるというメリットも得られる。

このようにヨットの電力オフグリッド計画は少しずつ進みつつあるが、前述したように
オフグリッドで最も大切なのは、まず使用する電力を最小限にとどめることだ。普段と同じような生活を望むのであれば、自然エネルギーのみでの暮らしは無理だろう 。これを実現する場合、自身のライフスタイルや生活時間さえ見直す必要がある。
例えば早朝の涼しい時間に体を動かす労働をし、日中、ソーラーが発電してくれている時間に大きな電力を使う機械(洗濯機、掃除機等)を動かし、日が落ちたあとは照明を落とした部屋でのんびりし、早めに就寝する。ここまで徹底すれば自然エネルギーだけで、完全オフグリッドした生活も可能かもしれないが、便利な家電製品や、ICTに包囲された現代の生活では適度にバランスを取りながら、不便を愉しんで暮らすことが私たちが地球に対してできることなのかもしれない。

投稿者: YUKI

株式会社saiブランド代表取締役。 30年前、オーストラリアで木橋に出会い、自然素材の可能性に魅せられる。 木橋やボードウォークの設計や、木製構造物の診断などを手掛けている。 2020年8月に本社を東京都墨田区から沖縄県糸満市名城に移転し、「オフグリッド」に事業として、ライフスタイルとして取り組んでいる。