世代を越えて

自宅の敷地に隣接する畑をお借りすることができた。
沖縄南部は風習を多く残しており、特に先祖崇拝からか、土地や建物はあまり他人に売ったり貸したりしていない。いい意味では昔から風景が変わらない。悪い意味では、居住者や耕作者が減少し、荒廃していく一方なのだ。件の畑も耕作者がおらず、ハウスの骨組みは錆が進行し、端には廃車や農業資材が放置されており、台風が来るたび心配をしていた。隣人として何もしないわけにはいかないので、定期的に草刈りや見えるゴミを拾うなどはしていたが、錆びた骨組みとは言え、他人の財産をいじることは憚られた。地主さんはそんなよそ者(移住者)の姿を見ていて、コイツは本気で移住したと認めてくれたのだろう、ある日、畑を貸してくれるという。 この土地に移住をして丸3年が経過したころだ。石の上にも3年という諺があるが、 本来の意味は、具体的な期間としての3年間を指しているわけでは なく、 「ある程度の長い年月や期間 」をいい、 『成功を願うなら一定の忍耐や辛抱が大切だ』『はじめはうまくいかなくても、しばらく我慢する覚悟を持て』という意味の格言や教訓としても使用されるそうだが、今回の場合、偶然にも3年という期間だった。
畑を借り、気になっていた端のゴミ溜まりを整理しようと、伸びたススキを刈り、伐根を進めると、夥しい量の農業ゴミが姿を現した。

ビニールパイプに刻まれた製造年から、昭和の時代に製造されたものだとわかる。50年以上経過し、劣化はしても決して分解されない物質だ。それを住処にするアリたちがこぞって逃げ出す。一度は大きなヘビ(アカマタ)にも遭遇した。これらを黙々と分別、撤去する作業を続けたが、アリの大群やヘビよりも、人間が遺したゴミの方がよっぽど気持ち悪く(気分悪く)感じる。分別作業から、どうやら地主の意に反し、ゴミ袋ごと投機をしていた輩がいたのだと気づく。ここ沖縄は亜熱帯気候ゆえ、植物の生長が早く、瞬く間にそれらを覆いつくす。当初気になっていた不法投棄物も数か月後には緑に覆われ、まったく視界に入らなくなるのだ。そうなると人は不思議なもので関心も薄れ、そのまま忘れ去ってしまう。このような事象に思い当たることはないだろうか。目の前の関心ごとも、他のことで視界が遮られると忘却の彼方へ葬り去られてしまう。 コロナウイルスもそうだし、埋め立て工事もこれと同じような行為だと思う。

東京で暮らしていた頃、毎晩、自宅前の道路を清掃車が走り、週に3回も燃えるゴミを回収してくれていた。見た目にはきれいな街だった。しかし回収したゴミはどこへ行く?夢の島、若洲、豊洲、有明。きれいな地名だけど、その歴史は?
同じことがこんな小さな島でも行われているし、個人レベルでもこんな畑の事情は散見される。
国連の発するSDG’sのもと、全世界でさまざまな取り組みがされているようだが、目先のことだけでなく、本質を理解し、世代を越えて取り組まなければ、未来のこどもたちに『良い地球環境を残す』どころか住む場所さえ奪うことに繋がりかねない状況だ。

僕はこの土地を先祖から引き継いだわけではない。都会からオフグリッドし、ここに来た。そして「石の上にも3年」が経過し、いよいよ本丸の目標を叶えたい。それは地域特性や未来の地球環境のことを考え、今の行動をつくること。そして、ここを訪れた人々に何らかの気づきを持って帰ってもらいたい。とても小さなことだが、この畑で行うことが、未来にとって大きな一歩になってくれればと思う。

vol. 15 「不便がゆえの贅沢」

凝った料理では無いけれど

 東京に暮らしていた頃、朝にアマゾれば夕方には配達され、居ながらして地球の裏側のモノでさえ楽しめた。生鮮品は近所のスーパーが即配してくれたし、OISIXは献立まで考えた食材が半加工して必要な分の調味料と共に届いた。配達料は無料か安価で、もはや近くのコンビニでさえ不便に感じていたのだから皮肉なものだ。

 転じてハワイの生活は極めて不便だが不条理では無い。特に食材は、人の手が加わると忽ち人件費が掛かり、姿かたちを変えると加工費が嵩み、さらにテイクアウトでさえチップが18%、スマイル0円などというサービスは見かけない。最近、カリフォルニアから上陸したファストフードのChick-fil-Aのバイトの時給は18ドル、日本円で換算すると2500円程度。週末にドライブスルーの受渡しのシフトに入ると4時間で更に100ドル以上のチップが手に入るという。時給に換算すると軽く5000円を超えてくる。結果、日本から見るハワイは物価が高いと短絡的に感じてしまう。いかに日本の常識が世界の非常識になってしまったのか、あの手の込んだラーメンが1000円で食べれる国はもはや世界の何処にも無くなってしまった。

 東京と同じように便利で合理的な生活をするなら、恐らく5倍以上のコストがかかる。所以、そんな調子に乗ったことは出来ない。外食の頻度は激減し、レストランのテイクアウトよりスーパーの惣菜コーナーを利用するようになり、更にファーマーズマーケットに通うようになった。肉は塊りだし、魚は丸ごと、野菜には土が付いている。小分けになっていない分、帰宅したら仕込みをしなくてはならない。そして少しずつ工夫して日を変えて食していく。新鮮なうちは、肉は赤身を残すくらいのレアな焼き具合で、魚は刺身で素材の味を楽しむ。

 ハワイには赤い塩と黒い塩がある。火山土壌の赤土や活性炭を混ぜた天日の海塩だ。フィンガーライムという木の実はライムの香りでレモンの酸味がある。ずっと昔にポリネシアからカヌーでやってきた同じルーツを持つハワイとニュージーランドは今でも近いから、魚屋にはいつも地元のマグロとNZの鮭が並んでいる。今日は迷ったけど鮪の半値のキングサーモンを買ってみた。切り身に黒い塩とフィンガーライム、皮はじっくり焼いて香ばしく、そして地元のサトウキビで造ったラムと戴こう。醤油や山葵が無くとも、なんとも贅沢な食事だ。

つまり、暮らし方。

R.I.P. Edo

2011年の東日本大震災が大きなきっかけとなった。
当時暮らしていた東京への人口密集や、そこへ絶え間なく電気や水を供給するエネルギー問題。人口が一拠集中することで、これまで考えられなかった災害や都市特有の問題、課題が指摘、想定されるようになった。そして訪れた地球規模のコロナ禍。

震災で被災した原発。廃炉に向けた途方もない工程と、これに伴い発生する処理水。コロナの鎮静とともに十分な説明も得ずに「IAEAの科学的根拠」を“日本の根拠”に福島の海にその水を放出させてしまった。福島に原発があるのはなぜ?福島の原発でつくられた電気を使うのはどこ?そう。首都圏に危険性の高い原発を立地することはできない。そのために首都圏から適度な距離が確保できる福島にある。ここ沖縄もそうだ。国内にある米軍施設の70.6%が沖縄県に集中し、その規模は県の総面積の約8%を占める。さらに台湾有事や北朝鮮対策として石垣島や宮古島、そして最果ての与那国島まで自衛隊の駐屯地が展開する。
福島の処理水も、沖縄の基地も、首都圏を、そして国を護るためだが、そこだけに負担を負わせて良いのだろうか。安全であるなら日本全土で均等に分担すればいい。世界的に見てもロシアの一方的なウクライナへの侵攻により戦争が勃発し、もはや二酸化炭素の抑制などどこ吹く風、物価上昇対策と称した予算をつけまくり、今や普通国債だけでもGDPの2.5倍という恐ろしい額に達し、インフレ抑制のための金利上昇さえできずにいる。

少し前、ヨーロッパのプロサッカーチームで活躍する日本人が言った。「もっと個を強くしなければ」。これはスポーツ界だけの話ではない。地球環境がこれだけ悪化しているのが明白なのに、それを他人ごととして眺めたり、誰かが何とかしてくれると傍観していては事態は好転するはずはない。冒頭の「きっかけ」は首都圏から沖縄の過疎地への移住という結果を導いた。自身をオフグリッドしたわけだ。この過疎地で暮らすことにより気づくことがある。ここも東京も同じ時間が流れているという単純なことだ。ここには徒歩圏にコンビニや駅はない。しかし、歩いて2分で行ける美しいビーチがある。東京時代にコンビニに通った数より、移住後、ビーチへ行った数の方が多いと思う。つまり、どう暮らすか。個人が地球環境に対して強い改善の意思を持ち、どうアクションできるのか。
国として 地方創生も大切な取り組みだが、中央の視点からそれを俯瞰するのではなく、具体的に都市へ集中する人口を分散させ、地方でも個々の人生を輝かせることができるような政策を見出し、環境バランスの良い国(チーム)をつくり出せれば、個はおのずと強くなるのかもしれない。しかし、環境問題を他人ごととして眺めていたり、遅々として進まない政策をあてにするのではなく、意識のある人々にはアクションを起こしてほしいと願うばかりだ。

vol. 14  「距離感って大切」

ハリケーンで倒れかかった電柱を添え木にした二本立ちの電柱

 ようやく終息したかに感じるコロナ騒ぎも2年半という長きに亙って、人々の動きを止めた。耳慣れない新しい言葉が次々と報道され、中でも「ソーシャル・ディスタンス」というのがあった。「社会的つながりから距離を置く」という本来の意味ではなく、「感染拡大を防ぐために相手との適切な距離を取る」と理解され、物理的に距離を空けることを意味した。確かに東京で暮らしていた時は、他人の息遣いさえ聞こえる通勤の電車内だったし、小さな会議室で長時間に及ぶミーティングも珍しいことではなかった。新幹線や飛行機に乗れば、隣りの人に遠慮しがちに肘掛けを使うことになり、普段から気を張っておかなければならなかった。その緊張が刺激となって活力と変われば良いが、多くはストレスを生むことになる。一方、ハワイの暮らしは無駄に広いと感じるほど、多くの場面で両手を広げても誰にも当たらない。東京では自分の空間だと思って居た車の中でさえ、今では籠の中の鳥だと感じるのだから不思議だ。

 オアフ島では民間人の暮らす住宅街と基地の間に約2マイル(約3.2km)のBuffer zone(バッファーゾーン)という緩衝帯がある。有事の際、軍事施設は一次的な攻撃対象となり、その巻き添えとならないよう緩衝帯が設けられている。基地内の住居は、木陰が嬉しい樹齢100年近くのモンキーポッドを囲むように兵舎が点在し、隣家との間には塀が無い。およそ100フィート(約30メートル)向こうの隣家の窓越しに人影を感じる。これも延焼や類焼を防ぐ工夫なのだ。その兵舎に入居した際、「どこまでが私たちの庭として使えるのか」という問いに、「建屋の中だけ」と聞いて閉口した。「塀が無いのに安全か?」という問いには「無いからこそ安全だ」と互いの眼を信頼することを説かれた。一見、無駄に思えるこの距離こそが、なるほど大切だとわかってきた。

 嵐が来ると電柱がよく折れる。その度に米海軍の部隊が手早く補修をしてくれる。コールタールを塗った昔ながらの木製の電柱を、コンクリート製や地下埋設に変える気は無いらしい。それどころか、折れた電柱を添え木にして一か所に二本立ちの電柱が多くなってきた。二本立ちは一本立ちより強度を増す。この場合、密接することが大事なのだという。

 転じて、曖昧な空間を挟むことで衝突を和らげること、密接することで強い関係を築くこと、どうやら人間関係にも通じた距離感だと気づき始めた。

Nydell(ヨット)のオフグリッド計画

建築物のオフグリッド化を計画する前に、建築物よりも規模の小さなヨットで様々なトライと検証を行おうと思う。まずは発電方法について考えてみよう。

①エンジンによる発電
ある程度の大きさのヨットは動力としてエンジンを積んでいる。原則的に港内では帆走が禁止なので、港外へ出て帆を揚げるまではエンジンで機走するのだ。
また長い距離を帆走ったり、夜間に帆走ったりする際には、オートパイロット(自動操舵装置)やレーダーなど、消費電力の大きな機械を使用するため、エンジンとセイルを動力として航行する「機帆走」を選択する人が多い。
ヨットのエンジンのほとんどは、構造が単純なディーゼルエンジンなので、軽油が燃料となる。電気自動車への需要が高まる一方、ヨーロッパを中心に環境対策が施されたディーゼル車が台頭している。これはBDF(バイオディーゼル燃料)など、軽油の代替燃料として、使用済みのてんぷら油等の廃食用油を原料として、メタノールと化学反応させて製造するもので、捨てられる油を回収し、燃料として使用するため、循環型社会の実現に寄与する燃料だ。
Nydellのレストアの回にも書いたが、新たな省エネ製品を開発、製造することも大切だが、古いものを使い続けた方が排出CO2ベースでは エコと言えるケースも多い。そこでNydellではBDFなど新たな燃料も意識しながら、エンジンによる発電も効率的に使うことを前提としたい。

②自然エネルギーによる発電
ヨットは風を動力として帆走る乗り物なので、帆を揚げたセーリング状態はとてもエコなのだ。Nydellは長さ12m、幅3.34m、総トン数10tという大きさで、家に例えれば1LDK+Sといった間取りで、トイレもシャワーも付いているので、十分に生活ができる広さがある。この大型トラックのような大きさのモノが風の力で動き、全世界、好きな場所へ移動できるのだ。ということで、ヨットはそもそも自然エネルギーである風を動力源としているのだが、ここでは自然エネルギーを利用した発電について。
ここまでの話で、風を利用した発電いわゆる風力発電という手段が頭に浮かぶ。また水の上を動いているのだから、波や水流を利用した発電も可能だろう。これらはまだ試していないのだが、プレジャーボートのオプション製品としてまだ一般化していない現状を鑑みると、これらは風や波、水流といったエネルギーでモーターを動かし発電するため、海独特の「潮」により錆が発生したり、塩分が固着したりすることが原因で、普及が進まないものと想定している。そうなると最も普及している自然エネルギー発電は太陽光パネルということになる。ヨットの上は天気さえ良ければ、セイルの影以外は日照条件はバッチリだ。何せ、周りに高い建物や樹木などない大海原がフィールドなのだから。現在、Nydellには200Wの固定式パネル1枚と、折り畳み式の160Wパネルを2枚積んでいる。これらすべてで発電をした場合、最大520Wとなるが、条件やパネルの状態を考慮し、30%程度の発電能力とした場合、約180Wの能力を期待することができる。

次に蓄電だ。オフグリッドで最も大切なのは、まず使用する電力を最小限にとどめることだ。普段と同じような生活を望むのであれば、自然エネルギーのみでの暮らしは無理だろう。ヨットにはエンジンを始動するためのメインバッテリーと、照明、加圧ポンプ、無線・オーディオなどの電力を賄うサブバッテリーで構成される。エンジンにより発電された電力はメイン、サブの順位で充電されていく。Nydellではメイン、サブに4基のマリン用バッテリーを、さらにバウスラスター用に2基と計6基のバッテリーを搭載している。まだ、全体的に電気配線を見直していないので、これらは配線の整理にとどめ、後日、効率的で安全な回路に再構築することにした。

まずオフグリッドの第一歩として、太陽光パネルで発電した電力をどこに貯め、何に使うのかを整理する。ここ沖縄はとにかく気温が高く、熱中症対策のためにも何より優先すべきは冷蔵庫と判断した。飲み物はもちろんのこと、食材を保存できることでクルージングライフにも愉しみが増える。次に電子レンジ。短時間に加熱調理できるのが魅力で、何をつくるかにもよるが、ガスオーブンよりもはるかに省エネになることも多いようだ。Nydellでは、冷蔵庫、電子レンジを「贅沢家電」と分類し、これを自然エネルギーで発電した電力で賄うこととした。蓄電池にはEcoFlow社のDELTA MAXを導入。2,016Wh の大容量 で AC出力2000W (瞬間最大4200W) を発揮するポータブル蓄電池だ。先日、DELTA MAX に冷蔵庫をつないで消費電力をモニターした。

65W程度の電力なので、89%の蓄電量で19時間も稼働し続けられる。このDELTA MAX が優秀なのは、太陽光パネル、12V DC(シガーソケット)、ACの各種入力ソースから同時に充電ができることだ。例えば機帆走している時に、ソーラーパネルを接続している状態でもさらに 船内のシガーソケットを差し込めば、ダブル充電が可能なのだ。桟橋に着岸している時は、陸電(陸上から専用ポストに100Vが供給されている)からACが供給されており、常に充電ができるので、離岸する時は100%の蓄電状態で、それをクルージング中に消費していくことになるが、ソーラーパネルやエンジンからの供給量が消費量を上回れば蓄電量は減らない。なのでクルージング先のアンカリングポイントや漁港に入港しても、蓄電範囲内であれば電子レンジ等の贅沢家電を使用することも可能になるのだ。Nydellには3000Wのインバーターが付属していたが、
DELTA MAX を導入することで、インバーターは使用しなくて済む。これは系統に組まれたバッテリーに過剰な負荷を強いることもなくなり、いいことづくめなのだ。

そして、さらなる贅沢な試み。蓄電池と同じメーカーであるEcoFlow社製のポータブルエアコン「WAVE2」だ。吸気パイプは操舵室へ、排気パイプはエンジンルームへ、排水は船底ビルジへと、それぞれ配管し、 稼働すると吹出口から冷気が流れ出した。ただ、適用できる面積が10㎡程度のスペースということなので、船全体を冷やすまでは至らないが、酷暑の中で船内作業を行うには十分な能力かと思う。また1泊程度のクルージングであれば、係留先で寝苦しい思いをしなくて良いのは助かる。
EcoFlow社の製品は、 DELTA MAX と同様、iPhoneにダウロードした専用アプリでリモート操作ができるのが良い。表示を切り替えれば現在の消費電力を把握できるのも良い。

今回紹介したようにヨットの電気系統内にあるバッテリーとは別に、出力の高いポータブル電源を用意することで、仮に系統内のバッテリーがダメになっても、陸電ソケットに、ポータブル電源を接続することで、系統を復旧できるというメリットも得られる。

このようにヨットの電力オフグリッド計画は少しずつ進みつつあるが、前述したように
オフグリッドで最も大切なのは、まず使用する電力を最小限にとどめることだ。普段と同じような生活を望むのであれば、自然エネルギーのみでの暮らしは無理だろう 。これを実現する場合、自身のライフスタイルや生活時間さえ見直す必要がある。
例えば早朝の涼しい時間に体を動かす労働をし、日中、ソーラーが発電してくれている時間に大きな電力を使う機械(洗濯機、掃除機等)を動かし、日が落ちたあとは照明を落とした部屋でのんびりし、早めに就寝する。ここまで徹底すれば自然エネルギーだけで、完全オフグリッドした生活も可能かもしれないが、便利な家電製品や、ICTに包囲された現代の生活では適度にバランスを取りながら、不便を愉しんで暮らすことが私たちが地球に対してできることなのかもしれない。

vol. 13  「停電の恩恵」

マルセイユを出航したフランス郵船のラオス号に送られた電報

 少し前に高齢の母が私に託した古いアルバムの中に 細いテープ が貼りつけてあった。「BON VOYAGE LOVE =FRAMPTONS +」(安航を祈る 愛をこめてフラムトン)と書かれている。英国留学からの帰路、フランス船籍の船で帰国の途についたその船でホストファミリーから受け取った電報らしい。この短い電文にどれだけ励まされ、どれだけ後ろ髪を引かれる思いでヨーロッパの地を後にしたか、これを見るだけであの時の情景が思い浮かぶという。戦後、民間人に査証など発行されない時代に苦労して手に入れた英国留学を終え、帰りたくない気持ちとこれからの日本の新しい時代への予感に複雑な気持ちが交錯したらしい。海外旅行自由化前の昭和38年の話だ。

 今や電気の無い暮らしは成り立たない。スマホ決済は当たり前になり、ネットさえあればどこでも誰とでも繋がることができる。便利で結構な世の中だし、皆がその恩恵を享受しているのだから有難いことだと思う。ひと昔前、海外送金は大変な作業だったし、ふた昔前は、テレックスやファックスで連絡を取り合っていたことを思うと隔世の感がある。情報は瞬時に飛び交い、経験や体験したことが無くても思考や判断が出来ることは素晴らしい。

 かれこれ3カ月前になろうか。雨季には珍しく寒冷前線の通過で自宅周辺が大変なストームに見舞われた。ヤシの木は根こそぎ倒れ隣家の屋根を壊し、木製の電柱が折れて停電となった。辺り一帯は米海軍の管轄地なので、翌朝から軍服の兵隊さんが物凄い勢いで復旧にあたってくれ夕方には通電した。ところが、サージフィルターを付けていなかったWIFIルーターが壊れ、PCの外付けハードディスクが動かなくなった。多くはクラウドに保存していたので実害はなかったが、敢えて暫くオフグリッドのまま暮らしてみた。インスタもフェイスブックも見ないでいると近しい人たちのアップデートもお座成りになり、何人かから消息の照会があったが、母は何も言ってこなかった。

 久しぶりに連絡してみると、「便りが無いのは元気な証拠」と息災であるに違い無いと思っていたと云う。早速、ネットを使ってイングリッシュラベンダーを誕生日祝いに送ったら「THANK YOU =MOM」と短いメッセージが返ってきた。彼女は今も現役の通訳として活躍している。

大変=愉しみ

saiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップである帆船ナイデル。外装のレストアがずいぶんと進行しました。実物を見た人たちから「あのボロボロだった船がこんなになるんだ」など、嬉しいのか悲しいのか分からないコメントをいただくことが多い今日この頃。
確かにこの半年、塗料や木粉まみれになり、夢中でレストア作業に取り組んできたので、見れば分かる成果はやりがいにつながってきました。同時に昔の手仕事のすばらしさには学ぶことが多く、それを再現する「丁寧な作業」を心がけてきました。

言い換えれば、何十年経っても再度「丁寧な作業」を施せば品質が維持できる素材が使われているのです。以前にも書きましたが西暦2000年くらいを境に、新素材と呼ばれる素材が多種多様な分野に投入され、一見、天然素材に見えるフェイク材が世の中に増えました。そして環境性能の名のもと、軽量化が進められ、サーフェスデザインが一般的になり、木材のような「 メンテが必要な面倒な素材」はその使用割合が大きく低下したのです。

この船は写真のように、外装のかなりの割合を木材が占めており、印象は「ウッディー」。
なので人に「ウッディーな船はメンテが大変でしょう?」と聞かれることが多いのですが、返答は「はい。大変です。」
ですがどうでしょう。例えばキャンプ。簡易とは言え、その日に寝るための空間を組み立て、火をおこし、食事を作って仲間と談笑しながらいただく。最高な時間の過ごし方ですよね。スマート〇〇が蔓延る一見便利な世の中で、敢えて不自由を楽しみに、そして人間性を取り戻しにいく行為。そう。大変が面白いのです。
僕にとってのヨットライフは、決してセーリングすることだけではありません。セーリング中も実際に風を受けて帆走(はし)らなければ分からない異音や不具合を探し、修繕しながら帆走っています。寄港地でもできるメンテをし、母港に帰れば不具合を解消したり、改善したり、のんびりと作業を楽しみながら船の上の時間を過ごします。

外装作業が一段落すると、次は電装、内装の作業に入っていきます。先日も古い機器を外し、そこにつながるケーブル類を、天井を、床をはがしながら整理してきました。航海計器を一新するので、古い機器はいくつもあり、これらをひとつひとつ配線、結線をしていきいます。この作業は絡んだ糸を解く作業によく似ていて、正直「大変」です。ですが、ひとつずつ整理をしながら、新しい配線ができ上っていく様子は楽しいものです。冒頭に書いたように、ナイデルはsaiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップです。機器のほとんどを電化する予定ですが、電気の発電量と蓄電量、消費量を計算し、優先順位を決め、計画を進めていき、最終的にはエンジンさえもモーターに電化してしまいたいと企んでいます。
しかし、その前に最低限の電力でも楽しいヨットライフを送ることができる心と体が必要です。現代の生活と比べると不便で大変なことばかりですが、不便を楽しむ心意気があれば、意外とオフグリッド生活のハードルは低いものになるのかもしれません。

vol. 12  「モノには魂が宿る」

祖母の嫁入り道具のひとつだった 桔梗紋の入った小箱と琴爪

 ちょっと前、刀剣乱舞というゲームが流行り、その後ミュージカルやアニメ、最近では実写映画化もされた。日本刀の名刀を擬人化した刀剣男子が戦い、「特」へと進化し「極」へと成長させることができるらしい。固有の生存値が設定されていて、ゼロになると最期の言葉を残して消滅するという凝りようだ。刀に魂が宿るとした考え方は、道具は百年という年月を経ると魂を得て精霊化するとされ、粗末に扱うと成れの果ては妖怪となり人をたぶらかすとされた室町時代のお伽噺「つくもがみ(付喪神)」に由来する。転じて100年に一年足らない99年には長い年月という意味もあって「九十九神」とも書くらしい。

 我が家には漆塗りの古い箪笥が今も残っている。旧家出身の祖母の嫁入り道具だと聞かされている。道理で鍵穴を囲む家紋が我が家のものと違うわけだ。本来は帖紙(たとうし)に包まれた和着物を収納するものだが、物心ついた頃には既に他の用途に使われていた。今から30年近く前、実家が手狭になったことから私が譲り受け、その後、駐在を機に家財道具として欧州へ送った。珍しさもあって興味を持ったローカルの人に差し上げようとしたこともあったが、「これは只の古物では無い。ファミリーヒストリーが刻まれているのだから、あなたが大事に持っておくべきだ」と諭されて、結局、日本へ持ち帰った。その後も本来の価値を見出すことなく無用の長物と化していたところ、最近になって腕の良い箪笥職人と出会った。開きづらくなった抽斗、乾燥して割れた背板、取手金具の歪みなど、再生には凡そ新品が買えるほどの費用も嵩んだが、「思い」に勝るものは無いと自分に言い聞かせ、長い修理期間を経て我が家へ戻ってきた。

 それまで片隅に置かれた黒い塊は、リビングルームに鎮座することになり、その抽斗には振袖や留袖が納まった。下段には帯留めやかんざしなど小物類の他、足袋や草履までもがちょうど収納できる。主であった祖母も、その子供である父も他界し、今その入れ物は私の妻や娘を着飾る和装の居場所となった。96年前、一緒に嫁入りした琴爪の小箱も仕舞っておこう。これで九十九神にたぶらかされずに済みそうだ。

vol. 11 「虹と流れ星を観る暮らし」

おおざっぱなハワイの天気図

「今日は降水確率50%で晴れ時々曇り、所によってにわか雨。外出される方は、念のため折り畳み傘をお持ちください」と、お馴染みのフレーズだ。これほど細やかに、しかも行政区ごとに天気予報を出してくれる国は他に見たことがない。道端で隣人と会うと「今日はお日柄も良くて」とか、雨天に知人宅を訪ねると「わざわざお足元の悪い中を」とか天気に纏わる挨拶が多い。それだけ、日本人は天気の変化や季節の移ろいに敏感なのだ 。

 ここハワイでは、「今週は貿易風が吹くので暫く涼しい日々が続きます。オアフ島周辺には小型船舶アドバイザリーが出ています」とざっくりだ。一日の中で何度となく天気は変わるし、此処が晴れていても、島の反対側で雨が降るのが日常だから致し方無い。街で雨宿りしている人は見かけるが、傘を持ち歩く人を見たことが無い。雨あがりには、かなりの確率で虹が出るので、ついつい空を見上げてしまう。

 今の住まいは平屋の旧兵舎なので、風通しがいいと言えば聞こえは良いが、雨風を凌げること以外、内も外も大して変わらない。野生化したニワトリは軒下で卵を温めているし、弱々しい蚊は線香を焚けば追い払える。ヤモリが同居しているので害虫は少ない。床はモップで、食卓は布巾で、棚は雑巾を使い、掃除機は持っていない。さすがに長時間の停電や断水は困るが、焦らず少しの時間を凌げば良いと思うようになった。明かりは充電式のランタンがあるし、携帯で情報は得られるし音楽だって聴ける。長期保存可能な水は普段から積み上げてあるので問題無い。

 先週、コミュニティ一帯が一晩、停電した。月夜では無かったが外の方が明るいのでグラスにラムを注ぎ、ラナイに出てみた。なんとなく空を見上げたら流れ星に出くわし、ちょっと得した気分になった。少年の頃、プラネタリウムが好きだったせいか意外と星座を覚えている。東京で暮らしていた頃、星空を肴に一杯やるなんて思いもよらなかった。オフグリッドへの一歩は、身近な不便を楽しむことからかも知れない。

ムダのススメ

身内ネタだが「Takaの四方海話」が好きだ。短い文章というか、少ない文字数で想いや風景を伝えている。僕のは逆で、起承転結の長文なので自分で書いていて飽きるのだ。こういうムダや非効率は世の中にゴロゴロしていて、それがなくなったらスッとするのか、それとも殺伐とするのか。決してTakaのように文章のうまい人ばかりではないので、ムダも利用すれば新しい価値の創造につながるかもしれない。

最近はヨットのレストアや屋外の木製ソファのメンテなどで、天然木材に触れる機会が多い。木材を使うと、端材というムダがでるが、今日はこの端材を利用したので紹介してみたい。

昔からある錘と滑車を使った半自動扉だ。
ここ沖縄は虫が多いことや、新入り犬の脱走防止のために、網戸にこの機能をつけることにした。
部品は至ってシンプルで、わずか250gのハードウッドの端材とホームセンターで購入できる小さな滑車とこれらをつなぐロープだけ。

ここで重要なのが、錘の重さの調節だ。網戸を引く力の分だけの重さがあれば良い。重すぎると、強く引いた時のようなバーンに閉まる。軽すぎるともちろん閉まらない。
スムーズに閉まる適切な重量を試した結果、250gに決定。

これを無機の材料でつくっても無粋なので、単位重量の大きなハードウッドの端材から切り出した。木材なので、自由な大きさに切断し、必要な箇所に孔をあけることができる。
何より自然素材の感じがいいし、風で揺らいでも付近の柱や網戸を痛めにくい。

沖縄も夏が終わり、自然の風が心地よい季節になった。次の夏まで、エアコンとはおさらばだ。

現場では端材はムダだが、世の中にあるたくさんの端材の利用価値は無限大だ。
リサイクルの一歩手前にあるリデュース。実はエコバックがビニール袋よりも環境負荷が大きいと分析されるようになってきた昨今、ムダに見える目の前のモノに、ひとつ工夫を加えることで、新しく何かを購入しCO2を発生させなくても、あらたな生命を吹き込むことができるかも。