世代を越えて

自宅の敷地に隣接する畑をお借りすることができた。
沖縄南部は風習を多く残しており、特に先祖崇拝からか、土地や建物はあまり他人に売ったり貸したりしていない。いい意味では昔から風景が変わらない。悪い意味では、居住者や耕作者が減少し、荒廃していく一方なのだ。件の畑も耕作者がおらず、ハウスの骨組みは錆が進行し、端には廃車や農業資材が放置されており、台風が来るたび心配をしていた。隣人として何もしないわけにはいかないので、定期的に草刈りや見えるゴミを拾うなどはしていたが、錆びた骨組みとは言え、他人の財産をいじることは憚られた。地主さんはそんなよそ者(移住者)の姿を見ていて、コイツは本気で移住したと認めてくれたのだろう、ある日、畑を貸してくれるという。 この土地に移住をして丸3年が経過したころだ。石の上にも3年という諺があるが、 本来の意味は、具体的な期間としての3年間を指しているわけでは なく、 「ある程度の長い年月や期間 」をいい、 『成功を願うなら一定の忍耐や辛抱が大切だ』『はじめはうまくいかなくても、しばらく我慢する覚悟を持て』という意味の格言や教訓としても使用されるそうだが、今回の場合、偶然にも3年という期間だった。
畑を借り、気になっていた端のゴミ溜まりを整理しようと、伸びたススキを刈り、伐根を進めると、夥しい量の農業ゴミが姿を現した。

ビニールパイプに刻まれた製造年から、昭和の時代に製造されたものだとわかる。50年以上経過し、劣化はしても決して分解されない物質だ。それを住処にするアリたちがこぞって逃げ出す。一度は大きなヘビ(アカマタ)にも遭遇した。これらを黙々と分別、撤去する作業を続けたが、アリの大群やヘビよりも、人間が遺したゴミの方がよっぽど気持ち悪く(気分悪く)感じる。分別作業から、どうやら地主の意に反し、ゴミ袋ごと投機をしていた輩がいたのだと気づく。ここ沖縄は亜熱帯気候ゆえ、植物の生長が早く、瞬く間にそれらを覆いつくす。当初気になっていた不法投棄物も数か月後には緑に覆われ、まったく視界に入らなくなるのだ。そうなると人は不思議なもので関心も薄れ、そのまま忘れ去ってしまう。このような事象に思い当たることはないだろうか。目の前の関心ごとも、他のことで視界が遮られると忘却の彼方へ葬り去られてしまう。 コロナウイルスもそうだし、埋め立て工事もこれと同じような行為だと思う。

東京で暮らしていた頃、毎晩、自宅前の道路を清掃車が走り、週に3回も燃えるゴミを回収してくれていた。見た目にはきれいな街だった。しかし回収したゴミはどこへ行く?夢の島、若洲、豊洲、有明。きれいな地名だけど、その歴史は?
同じことがこんな小さな島でも行われているし、個人レベルでもこんな畑の事情は散見される。
国連の発するSDG’sのもと、全世界でさまざまな取り組みがされているようだが、目先のことだけでなく、本質を理解し、世代を越えて取り組まなければ、未来のこどもたちに『良い地球環境を残す』どころか住む場所さえ奪うことに繋がりかねない状況だ。

僕はこの土地を先祖から引き継いだわけではない。都会からオフグリッドし、ここに来た。そして「石の上にも3年」が経過し、いよいよ本丸の目標を叶えたい。それは地域特性や未来の地球環境のことを考え、今の行動をつくること。そして、ここを訪れた人々に何らかの気づきを持って帰ってもらいたい。とても小さなことだが、この畑で行うことが、未来にとって大きな一歩になってくれればと思う。