北海を旅する
エピローグ
6年前、東京から沖縄へ移住してすぐ、北海道苫小牧へ出張したことがあった。コロナ禍、飛行機を乗り継ぎ、こともあろうに‐20℃の極寒の季節に土中に基礎杭を打ち、木柵を設置する工事だった。極寒だと携帯端末の電池があっという間に消費してしまうことを知り、まるで自分のようだとiPhoneを温め凌いだ思い出がある。この時、沖縄へ移住したし、きっとこれが人生で最後の北海道行だと思っていたのだが。

ヨットシェアリング
別荘もヨットも所有していても利用しなければ意味がない。最近のリゾートマンションや別荘といった陸上の不動産は、共同所有したり、使用しない期間ホテルとして稼働させたりと、維持管理費を軽減させるサービスが充実しているようだ。一方、ヨットはそのようなサービスは皆無といっていいほどだ。ヨットが盛んな欧米ではレンタルや共同所有など、さまざまなサービスがあるようだが、マリン後進国の日本ではレンタルヨットさえ珍しいというのが現状だ。そんな現状を憂いたヨットオーナーたちが自分たちのヨットをシェアリングしようと動き始めた。メンバーは小樽(北海道)のBlue Marine号、清水(静岡県)のAll RightⅣ号、糸満(沖縄県)のNydell号。日頃は自艇をしっかり整備し、互いに来訪しそれぞれの海域でのセイリングを楽しむというものだ。北海道と沖縄の両極と富士山のある静岡はほぼ中央といった位置感なので、それぞれの地域性も面白い。船のメーカーやタイプも異なるので、それぞれの艤装や装備なども参考になる。

Blue Marine(小樽) 
All Right(清水) 
Nydell(糸満)
北海へ
北の海を航海するのは、22歳の時に行ったベーリング海以来だ。大学を卒業した年で、9月から西オーストラリア大学の大学院へ進学するつもりで、その学費を稼ぐために乗った北洋鮭鱒船団の母船。函館で出航準備をし、3カ月間の航海に出たが、白夜の海、見たことのないような高波、どう見ても荒れているのに「凪いでる」という肝っ玉漁師たち、男だけの社会、いつのまにか甲板に上がってきて数日を共にしたトド、獲れたての鮭のうまさ、ソ連のなれ合いの臨検、アメリカの容赦なく厳しい臨検、自分の英語のつたなさ等々、ベーリング海に翻弄されながらも普通に生きていてはできない貴重な体験をしてきた。

今回の旅は、北海道のBlue Marineで母港の小樽港マリーナを出発し、利尻島、そして最果ての礼文島を目指す計画とした。工程をざっとまとめると①小樽港マリーナ~増毛マリーナ50.82NM、②増毛マリーナ~焼尻島37.35NM、③焼尻島~利尻島鷲泊港52.58Nm、④ 利尻島鷲泊港~礼文島香深港10.25NM、全行程は約150NM(約277.8 km )となる。東京中心に半径300kmの円を描くとこんな感じになるので、北海道のデカさが分かる。今回の工程も東京~福島、東京~伊勢、東京~富山の距離と考えればいい。

9月1日、小樽港マリーナに集合。飲食料はBlue Marineのオーナーがあらかじめ準備をしてくれていて、偶然に小樽港マリーナを訪れていた尾崎香代さん(ヨットで単独世界一周)と再会し、前夜祭。 香代さん から「私だったら明日は出航しない」と言われていた海へ出ると、いきなり30Kn越えの強風がお出迎え。
いよいよ北海クルージングのはじまりだ。
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