北海を旅して一区切り

On 01. 10. 2026 by sai1525

小樽~増毛

小樽港マリーナの護岸を抜けると、30 kt を超える風。船を風上に立て、2ポイントにリーフ(縮帆)したメインセイルを上げようと試みたが、バテン(セイルの中骨)が抜けるトラブルがあり、一度港内に避航し体制を整える。このようなトラブルは日常茶飯事なので、バテンなしで帆走すると決め、ふたたび強風の中へ。少しすると風も落ち着きはじめ、20 kt 程度の安定した横風になる。この日の目的地は52.5NM先の増毛港。良い風を受け、日の入りまで余裕を持った15時半には増毛ノールマリーナのゲストバースに着岸できた。

ノールマリーナは日本最北のマリーナとのこと。バースには陸電も水道もあり、クラブハウスにはシャワーも完備されている。料金が少し高いのがたまにきずで、1泊2日だと2日分の料金がかかるそうだ。泊まりが前提の利用が多いのだろうから、そういう表示にしてくれるとありがたいのだが。

増毛の町を歩く。歴史と趣を感じる町なのだが、何せお店がほとんど閉っている。聞くと夏の観光シーズンが終わると15時以降は閉めてしまうそう。そんな中、「うしだや」さんという焼肉屋さんが開いていてくれたので入ると、これが大正解で、「メニューにはないのだけれど」と出してくれたラムロースステーキが抜群においしかった。この旅で一番かもしれないくらいだ。

増毛~焼尻島

ラムロースで英気を養い、次の目的地となる焼尻島へ出航する。焼尻と書いて「やぎしり」と読む。周囲約12kmの小さな島で、島のおよそ3分の1が国の天然記念物「焼尻の自然林」に覆われており、島の中央部の牧草地では、頭と足が黒いサフォーク種の羊が放牧されているそうで、事前に旨い羊が食べられると聞いていたのだが、夏が過ぎた島は閑散としており、絶品サフォークを味わうことはできなかった。

町を歩くと、建物に目がいく。生まれ育った関東圏でも、移住した沖縄でも見たことのないカタチの建物が多い。降雪対策であろう急勾配の屋根、トタンの使い方など、雪国らしい。自転車で軽く一周できてしまう島で、何もない未舗装路を歩いていると、スコットランドのアイラ島もこんな感じの島なんだろうなと連想してしまう。不毛な土地でも人々はそこを愛し、そこでできることをして生きている。そんな逞しさを感じる島だった。ここでは海象がよくなく、風待ちで2日を過ごした。

焼尻島~利尻島

風待ちにも飽きたので、多少風は強いが次の目的地である利尻島鴛泊港(おしどまり)へ向け出航した。51.89NMの距離だ。焼尻島は北海道本土から5マイル以上離れているので、利尻へ向けた航路は視界360度は海だ。この海域をセイリングするのは初めてなので、時折、プロッターの縮尺を変えて北海道全体が映るようにしてみる。こうすると最北の海を帆走っているという実感が湧いてくる。
そうこうしていると、前方に標高1,721mの独立峰利尻富士が見えてくる。遠くからかすかに見える姿も、近づいて見上げるその姿も雄大そのものだ。

利尻島~礼文島

利尻、礼文という隣り合う島。礼文島の香深港に着岸すると、目の前に利礼運輸という運送会社のコンテナが目に入った。利尻と礼文をつなぐ「リレー」をもじった社名なんだろうが、そこになぜか美しさを感じた。礼文島には、桃岩壮という有名なユースホステルがある。YH内では日本標準時から30分進ませた「桃岩時間」を用い、ミーティングでは島の観光案内や送迎情報を寸劇を交え説明し、その後歌謡曲・童謡・オリジナル曲を歌い踊り、朝はラジオ体操やホステラーによる掃除大会が毎日開かれている(出典:ウィキペディア)。どうせならそこまで行こうとヨットでYH前の入江へ行き、YHの前からこちらに手を振ってくれている人の顔が見える距離まで近づき、水深5~7mを確認しアンカーを降ろした。

礼文島(香深港)~利尻島(沓形港)

礼文島を後にして、利尻島の沓形港へ。なぜ再び利尻島へ戻るのか。それは「最北の地でうまいラーメンを食べるため」だ。利尻らーめん味楽というお店が目的地で、そこへ徒歩で行ける沓形港に入港したのだ。

らーめん味楽はミシュランにも選定されている名店で「最も行きにくいラーメン屋」とされている。うに丼の写真は別のお店だが、らーめん味楽も昆布出汁で、利尻のうにが旨いのは利尻こんぶを食べて育つからとされる。いずれにせよ北の果てで味わう昆布が素となる食べ物は「旨い」としか言いようがないね。

利尻島~小樽港

らーめん味楽で満腹になった我々は、天気図と相談をして、このまま一路、小樽港を目指すことにした。小樽までは125NMと5NM/h計算で25時間の工程だ。翌日からの雨予報を考えれば、クローズホールド(登りの風)だが、天候は安定しているようなので、昼過ぎに出航した。

18時から3人で2時間ワッチ(当直)のローテーションが始まった。今回は自分の担当の前の時間からコクピットに出て、都合4時間の当直をして、2時間の睡眠に入るといったものだ。その夜は雲が多く、風も30ktオーバーとメインセイルのみでの帆走としたが、月が出ておらず、波や漂流物を避けるにも黒闇の中では視力は役に立たず、フルハーネスを装着し、耐えるのみの時間を過ごした。それでも久しぶりのナイトクルージングは心地よく、ベーリング海を航海した若い時代を思い返す体験だった。

小樽港マリーナへ帰港する直前に、今回の旅船Blue Marine号のオーナーのアンカリングポイントへ立ち寄り、無事に安航できたことに感謝し、シャンパンで乾杯をした。同行したケンクルーズのナオちゃんは、今回のようなきちんとしたワッチ当番でのオーバーナイトセイリングは初めてだったようで、少しはスキルアップにつながってよかった。

古い作品に再会

今回のセイリングを終え、札幌で1泊した。秋の札幌市内を歩いていると、頭の中で景色がフラッシュバックした。そこにあったのは2013年に手掛けた路面電車の待合ホームのベンチだった。静岡の栗の木を贅沢に使った身体に馴染む美しいデザインのベンチだ。人混みの中でベンチの写真を撮っていると、列に並んでいたご婦人が「このベンチは座りやすいんですよ」と声をかけてくださった。僕でこのベンチを製作したのだが、このベンチに限ってはデザイナーは僕ではない。今は亡きR.W.氏だ。ベルギーから構造デザインを持ち帰っった彼は、日本国内で美しいデザインを残した。若くして亡くなってしまったのだが、札幌で声をかけていただいたご婦人に彼をほめてもらったような気がして嬉しかった。

なぜセイリングを続けるのか

冒頭にヨットのシェアリングの話を書いた。今回の旅船のBlue Marine号のオーナーは工務店を経営していて、自然エネルギーを活用した木造の住宅を供給している。そんな彼とはケンクルーズを通じて3年ほど前に知り合ったのだが、saiブランドのオフグリッド事業にも共感してくれ、ヨットを互いの事業のフラッグシップにすることにしたのだ。「風」という自然エネルギーで、生活空間をそのまま移動させることができるヨットは、まさに互いの事業の象徴ともいえる。それをシェアしたのだから、面白さは何倍にも膨らんだ。北海道と沖縄というまるで環境の異なる海を帆走することができ、立ち寄る港でもまるで異なる食や酒を楽しむことができる。また、そもそも帆走とは、刻々と変化する気象海象に応じて、最適なセイルプランを選択し、目的地まで安全に航海することが最大の目的で、それはどこか経営に似ている。僕の場合、ヨットの方が先で、ヨットや海から学んだノウハウから事業という大海の中で経営をしてきたのかもしれない。これからもセイリングは続いていく。

ひと区切り

北海セイリングを終えた月末、東京に戻りひとつの契約をしてきた。それは弊社の東京本社としてきた墨田区のsaiブランドスクエアの不動産売買契約だ。契約先は関連会社の株式会社サイアス。思いいれもあったので、寂寥感を感じるかなと思っていたのだが、不思議とすっきりとした安堵感に包まれた。社名にスクエアという単語をつけビル名にしたのだが、スクエアには広場や公園といった意味をしのばせた。saiブランドという会社に集う人たちに楽しんでほしいという願いを込めた。そんなビルに関連会社となるサイアスを立ち上げたのは2016年で、10年経った今では事業を引きついでいる。

この建物は単なる箱だが、ここに集う人々を幸せにするという使命を込めた。次の所有者(サイアス)も幸せにしてあげてほしい。
今日、2026年10月1日。saiブランドは事業開始20周年を迎えた。これからも大海で航海を続けよう。

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